熊と祈り──星野道夫が見た“恐れと敬意のあいだ”にある光

5.共鳴する生き方

最近の熊のニュースを見るたびに、胸の奥がざわっとしていました。
恐怖や戸惑い、その裏にあるどうしようもない哀しさ。
そのたびに私は、ふと一枚の写真を思い出すのです。
──アラスカで星野道夫さんが撮った、あの静かなグリズリーの写真を。

恐れと敬意のあいだに立つということ

グリズリーは、ただそこに立っていました。
威嚇でもなく、無関心でもなく、
すべて見通しているような眼差しで。
その写真には、恐れや緊張を超えた、ひとつの祈りと畏敬の念がありました。

星野さんは、熊に向かって踏み込むでもなく、
ただ、同じ地球の上に生きる者として、その存在を受け止めていたのだと思います。
その距離感は、野生動物との関係を超えて、
同じ生物として、敬いつつ真摯に向き合う姿勢でした。

世界が評価したのは“技術”ではなく“まなざし”だった

星野さんのグリズリーの写真は、
イギリスの「BBCワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」で高く評価されました
けれど、その理由は“迫力”や“危険さ”ではなかったのです。

世界が見ていたのは、
恐れと敬意のあいだに立ち続ける人間のまなざし
生きとし生けるものへの深い祈り。
その静かな尊さが、写真の奥からあふれ出ていたからでした。

今の日本の“熊騒動”を見て思うこと

連日の熊のニュースは、恐怖心ばかりを刺激します
亡くなられた方々の無念、語り尽くせない悲しみ。
私たちが自然とどう向き合えばいいのか、わからなくなる瞬間もあります。

でもそのとき、私は思うのです。

同じ“熊”でも、恐れの目で見る世界と、敬意の目で見る世界はまったく違うと。

どっちが良いとか悪いとかではないのですが。
星野さんの写真には、熊を支配しようとする意図も、
怖さをごまかす力の誇示もありませんでした。
ただ、ありのままの生命をまっすぐに見つめる、透明な祈りだけがあったのです。今熊被害のニュースを見るたびに、とかく恐怖心ばかりが浮かんでしまいますが。

星野さんの視点も忘れたくないなあと思います。

あなたの中にある“野生への敬意”

自然に触れるとき、心が静かになる瞬間があります
あれは、私たちの中にも“野生”が眠っている証拠なのだと思います。
現状の熊騒動のことは、被害にあった方もいるなかで現実的な対応が問われることになるとは思いますが。

この文章を読んでくれたあなたの中にも、
今日ひとつ、小さな敬意の光が灯り拡がるといいなあと思います。私が星野さんから光を受け取ったように。

祈りのように、波を渡していく

星野道夫さんは、自分の見た世界を写真と言葉でそっと渡してくれました。
私もまた、こうして感じたものを誰かに渡していきたい。

そしてあなたが、今日どこかで優しさを向けたなら、
その一滴のまなざしが、世界をひとつ分だけやわらかくします。

いのちはいつも、恐れと敬意のあいだで揺れながら、
それでも前へ進もうとしています。
祈りのように、静かに、でも確かに。
今日もまた、どこかで新しい光が生まれていますように。

タイトルとURLをコピーしました