AI時代は、居場所がない人たちが増えている。
そんな話を聞きました。
これまで居場所だったものが、
居場所として機能しなくなってきている、というのです。
これまでの居場所は「役割」とセットだった
多くの人にとっての居場所は、
次のような「役割」と結びついていました。
- 会社での役割
- 肩書き(職種・役職・資格)
- 「役に立っている」という実感
こうした役割ベースの居場所は、
AIが入ってきたことで、大きく揺らぎ始めました。
AIが入ってきて起きたこと
- 仕事の一部、あるいは丸ごと代替される
- 専門性や経験年数が、絶対的な価値にならない
- 人より速く、安く、正確にできる存在が現れた
つまり、
「この役割だから、あなたでなければならない」
という前提が、崩れ始めたということ。
この話を、かずくんから聞いて、
私はあらためて「居場所」について考えさせられました。
居場所のかたちは、人それぞれ
でも、いろいろな人がいると思います。
友だちがいなくても平気で、
家でひとりで過ごす時間が至福という人。
家族と過ごすことが、
何より大好きという人もいるでしょう。
居場所のかたちは、人それぞれ。
正解も、不正解もないと思います。
それでも、別の居場所を求めてしまう人へ
ただ、私もそうなのですが、
職場でもなく、
家族でもなく、
友だちでもなく、
少し違う居場所を、
どこかで求めてしまう人は、
案外多いのではないでしょうか。
仕事の顔でもない。
家族としての役割でもない。
評価されるためでも、
責任を果たすためでもない。
ただ、
「ここにいていい」
そう思える場所。
競争ではなく、
共感し合える共通の価値観を持つ人たちとの時間は、
気づけば、とてもかけがえのないものになっていました。
私にとっての『心地いい居場所』はawabota になっています。
AI時代になって、
効率や正解があふれるほど、
「ここにいていい」と感じられる人とのつながりは、
ますます大切になっている気がします。
最後に、ひとつだけ
最後に、ひとつだけ問いを置いておきたいと思います。
あなたの居場所は、どこにありますか?
職場でしょうか。
家族のそばでしょうか。
それとも、
誰とも競わず、
「ここにいていい」と感じられる、
まったく別の場所でしょうか。
すでに、気の合う仲間と出会えた人もいるでしょう。
でも、この問いを心のどこかに置いておくだけでも、
これからの生き方や選択が、
少しずつ変わっていくかもしれません。
AI時代だからこそ、居場所は
「与えられるもの」ではなく、
自分で大切に育てていくものなのかもしれませんね。

