数年前、出雲を旅したときのこと。出雲大社をめぐり、最後に立ち寄ったのが「玉造温泉」でした。あの独特の“静かな空気”と、湯に浸かった瞬間のじんわりと心がほどけていく感じが、今でも忘れられません。
その時は深く考えず、「なんだか良い場所だな」と思っただけ。でも最近、温泉のことを調べるようになって気づいたのです。
──玉造温泉は、出雲神話の中でも“神々が癒された湯”だったということに。
玉造温泉は「神の湯」と呼ばれてきた
『出雲国風土記』には、玉造温泉のことをこう記しています。
「一度入れば肌は美しく、二度入れば病が癒える」
この文章だけで、当時の人たちがどれほどこの温泉を大切にしていたかが伝わってきます。そして、玉造温泉はただの湯治場ではなく、神話の世界とも深くつながっていました。
この地には“少彦名命(すくなひこのみこと)”という医療と癒しの神様が関わっていると言われています。少彦名命は、薬草や医術、そして「湯で癒す智慧」を人々に教えた神様。
玉造温泉は、まさにその神が宿る湯だったのです。
実際に行って感じた“静けさ”の理由
出雲大社を巡ったあと、玉造温泉に入ったときのことを思い出します。身体はあたたまるのに、頭の中はビックリするほど静かになっていく。
「あ、これはただの温泉じゃない。」
そう思ったのを覚えています。
いま思えば、あの“静けさ”は神話が残してくれた空気なのかもしれません。出雲の土地そのものが、現代よりもずっと昔から人々の祈りや物語によって“整えられていた”のだと思います。
科学的に言えば、玉造温泉は弱アルカリ性で、肌を優しく包み込むような質感があります。でも、それだけでは説明できない不思議な安心感がありました。
たぶん、人は「神話が宿る土地」に来ると、自然と背負っているものを下ろしてしまうのかもしれません。
神話を知ると、玉造温泉はもっと特別になる
旅をしていた当時は、温泉に神様の話があるなんて全然知らなかった。でも、後から調べて知ると、あのときの感覚がすべてつながりました。
- 肌がふんわりするようなやわらかさ
- 頭の中が静かになる感じ
- “戻ってきた”ような安心感
これって、少彦名命が授けた「癒しの湯」に人々が感じてきた感覚と同じかもしれない。そんなふうに思えたのです。
神話はただの昔話ではなく、“記憶のように残っている感覚”なのかもしれません。
出雲の旅が教えてくれたこと
玉造温泉に入るたびに思います。
温泉って、ただ身体があったまる場所じゃなくて、本来“再生の場所”なんだ。
私があのとき感じた静けさややさしさは、きっと神話の時代からずっと変わらずに受け継がれているもの。
「また行きたい」ではなく、「戻りたい」と思わせてくれる。そんな特別な温泉が、玉造温泉なのだと思います。

