ボイドの朝に、“このままでよかった”と腑に落ちた。
その余白のまま一日を過ごしてみると、胸の奥にもうひとつの気づきが生まれた。セルフラブ=自分をまるごと受け入れること。欠けを埋めるのではなく、欠けも満ちも「この私」に含めて抱きしめること。
「自分を愛する」が、やっとわかった
アロマ音叉セラピストで活動していた頃、口ぐせのように「セルフラブ」と言っていた。けれど正直、当時はよくわかっていなかったのだと思う。
今は違う。自分をまるごと受け入れた瞬間、人生は“完璧な流れ”に戻る。うまくいかない日も、やさしさで包めば、次の一歩が自然に出てくる。
カナダで出会った師エリンの言葉
音叉を学んでいたカナダで、師のエリンに言われたことがある。
「あなたは、まだセルフラブが足りないね」
そのときは少しショックだった。でも今ならわかる。私は“できない自分”や“足りない気がする自分”を、まだ抱きしめ切れていなかったのだ。
セルフラブは、甘やかしではなく「やさしい誠実さ」。
できなかった日も、がんばれなかった自分も、捨てずに一緒に連れていく力。
無極(むきょく)というやすらぎ
エリンはもう一つ、「無極(むきょく)」の話も教えてくれた。
無極とは、陰と陽が分かれる前の、はじまり以前の静けさ。
良し悪しの分別も、勝ち負けも、足りない・多すぎるの評価も溶けて、ただ完全な余白だけがある。私はそれを、ボイドの朝にふっと触れた静けさと同じ質だと感じている。
セルフラブは、その無極へ還る道。
自分を丸ごと認めたとき、心は自然と静かになり、世界はやさしく見えてくる。
今日からできる、セルフラブの3つの習慣
- 朝の許可:鏡の前で一言。「今日は“まるごとの私”でいていい」。短く、声に出す。
- 音と香りで整える:音叉やお気に入りの香りを30秒。胸の真ん中に意識を置く。
- 夜のやさしい棚卸し:①今日よかったこと ②感謝 ③明日の私への一行メモ。責めないで、短く。
まとめ──受け入れた分だけ、世界がやさしくなる
セルフラブは特別な儀式ではなく、毎日の些細な選択の重なり。欠けも満ちも抱きしめて眠る夜は、心が無極の静けさへと還っていく。
そして目覚めた朝、私たちはまた「完璧な流れ」の中に立っている。

