正直に言うと、最初にawabotの話を聞いたとき、「これ、何をしてるんだろう?」って思いました。
派手な売り込みがあるわけでもなく、毎日ガツガツ仕事している雰囲気もない。
なのに、なぜか人が集まっている。なぜか続いている。
今思えば、その違和感こそが答えでした。
これまでの世界は「信用をお金に変える」世界だった
私たちがずっと「信用」だと思ってきたものって、こういうものだったと思います。
- フォロワー数
- 年収
- 人を集める技術(集客)
- 知名度
- すごそうな肩書き
でも実際には、信用をお金に変えるゲームになっていた。
信用 → お金 → 結果だけ残る
一度お金を払った側は、結果が出なかったら「次も信用しよう」とは思わなくなる。
そして、売っていた側も継続してお金が入るわけじゃない。
広告を打てば売れる、という神話は崩れました。
電通ですら首切りをする時代になって、生きるのが辛くなる人が増えているのを感じます。
「詰んだら、その後の人生がもう無い」みたいな空気が、世の中に広がっている気もします。
awabotaで学んだのは「生きた存在理由」だった
awbotaで学んだ一番大きなことは、信用は、お金で買えないという事実でした。
そして、流れが逆になる。
信用 →(結果として)お金
お金で信用を買うんじゃなくて、信用が積み上がった結果としてお金が動く。
これが、私の中ではとても大きな価値観の刷新でした。
会員の信用が合計されると、awabotaの信用になる
awbotaは「信用を売る」場所じゃなくて、信用が集まる構造を作っている場所なんだと思います。
一人ひとりの行動、言葉、記事、関わり。
それが積み上がって、会員の信用の合計=awabotaの信用になる。
だから、売り込まなくてもいい。
目立たなくてもいい。
「本当にいるんだ!」と分かるだけでOKという感覚すらある。
外から見ると、なんだか仕事をしてる気配がないように見えるのは、たぶんそのせいです。

